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Waccoの独り言

ちょうど2年前の今日、母は旅立ちました。
誕生日を5日後に控えた母、53歳でした。

私が知っている限り、大きな怪我も病気もしない、いつも元気な母でした。
そんな母が、ある日突然癌の宣告をされ、そして2年前の今日旅立ちました。
母は、本当に立派でした。最後の最後まで、病気になんか負けないと言ってました。
最後の3週間は、人工呼吸器をつけられ、麻酔で眠らされている状態だったけど
それでも、看護士さんや先生がいなくなったら、パッと目を開けて
私に必死にしゃべりかけようとしていた。
先生達がいる時に目を覚ますと、麻酔の量を増やされて眠らされる。
眠っていないと、とてもじゃないけど耐えられる痛みじゃないから。
それでも、母は痛みを我慢して私に話しかけようとしていた。
でも、人工呼吸器の管が肺まで入れられていて、話せる状態ではなかった。
そんな状態の母が、最後に残してくれた言葉、
「お母さんは、負けへんで。病気になんか負けへんで。」

本当に強い母でした。自分の事よりも、いつも私達子供の事ばかり考えてた。
そして、辛い治療も再発して繰り返される手術にも、前向きに頑張った。
母が、もう自分は長くないと気づいてから私に何度も言っていたのは
「お母さんは、あんたら子供に残してやれる物が何もない。
 でも、お母さんは癌という病気から逃げなかった、
 負けなかったっていうこの生き様を残してやりたいねん。」
そう言ってました。今考えてもすごい事だと思う。
私が、この先母になって、自分の子供にここまでできるかどうか、自信がない。


なんだか、とても懐かしい気がします。
ついこの間の様な気もするし、もう何年も前の事のような気もする。
2年前の今日もすごく寒かった。
私が眠っていた朝5時ごろ、なんだか部屋の中が慌しい。
起き上がると、看護師さんに様態がかなり危険なので
他の家族を呼んであげてくださいと言われた。
そして、6時過ぎ、父や兄弟の到着を待たずに母は旅立った。
人工呼吸器がまだ動いていたから、息を引き取ったという実感がない。
まだ、機械で息をさせられて胸が動いてるから。そして、体は温かかったから。
そんな母の最期の顔は、本当に綺麗でした。
あんなに辛い治療をしてきたのに、最後はものすごく安らかでした。
少し、微笑んでるようでした。

元気になったら、温泉でも行こうねって約束したきり叶えてあげれなかった。
家に帰ったら、おいしい物食べに行こうねって約束したのに、食べさせてあげれなかった。
考えたらキリがない。
だから、勝手に私が母の分も幸せに生きていこうって決めました。
きっと、私の幸せは、母の幸せでもあると願って。

そしたら、すごい小さな事でも幸せに気づく事ができるようになった。
お母さんのおかげやなぁ。ありがとう、お母さん。
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プロフィール

Wacco

Author:Wacco
2000年5月27日生 岡山県出身
   黒ラブ・レオン
2005年9月25日生 兵庫県出身
   コッカプー・ウェイン
そして犬服作りを楽しんでる
   兵庫県在住 Wacco
   たまーに、登場ヤックル
2007年 冬生まれのコハム(娘)
2009年初夏生まれのロクオ(息子)


   2匹+4人家族。

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