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お詫び

ここ数ヶ月、Waccoにメールしたのに返事がない方
申し訳ありません。
メールソフトかウィルス対策ソフトの機能がうまくいってなくて届いてないようです…
返事がなくて気を悪くされてる方いらっしゃるかもしれません。
本当にすみません。
お手数ですが、またメールいただけませんか?
ちゃんとお返事しますので。
よろしくお願いします。

小春日和

今日で3回目のこの日を迎えます。
母が空に旅立って3回目・・・

parents.jpg (←若かりし頃の両親。母たぶん20歳頃。)

1回目のこの日は、まだまだ実感がなかったなぁ。
淋しいというより、まだ母の存在が家中にあったから。

2回目のこの日は、実家の引越しと共に新しい生活が始まったばかり。
ちょうどこの頃に、不思議な夢を見た。
その夢は・・・
母から電話がかかってきた。声は間違いなく生前の母そのもの。
そして、「そっちは色々とバタバタしてるから、徳之島に帰ってきてるよー」
母はそう言っていた。
実家の引越しで父と私と別々の暮らしが始まり、母が迷子になっていないか心配していた私。
だから、夢と気づくまでしばらく時間がかかった。
実際に電話がかかってきたと思った。
でも、夢だった。
そして、ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんの家に行ってるんだと安心した。


3回目のこの日の今日。小春日和のいい天気。
私のお腹にはもうすぐ生まれてくる赤ちゃんがいる。
少しだけ母に近づけた気がしてる。
そして、尊敬できるような偉大な母に私もなりたいと思う。

どうやら、私のお腹の中の子供は女の子のよう。
そして、母がよく言っていた言葉を思い出す。
「女の子がいてよかったわぁ。あんたを産んどいてよかった。」
いつも喧嘩ばっかりしていた私達親子。
でも、最後は沢山の時間を一緒に過ごした。沢山の感情を共有できた。
そして、母はWaccoがいてよかったと何度も言ってくれた。

そんな私に、きっと母からのステキなプレゼントがお腹の中の子供なんじゃないかと思ってる。


redcoat.jpg
↑私が小さい頃に着ていた母のお気に入りのファミリアのコート。
母は、このコートを絶対私の娘に着せるんだ!と言って大事にとってあった。
高校生の頃、その事を聞かされた私は、「娘が生まれなかったらどうするの?」って聞いたけど
母は、「絶対、Waccoの娘に着せるの!」と言い張った。

数年後、兄のところに初孫が生まれた。女の子だった。
私は、カワイイ初孫にこの赤いコートをあげるんだと思ってた。
そしたら、母は初孫にもあげないと言った。
何が何でもWaccoの娘に着せるんだ!って言っていた。

そして、もうすぐ生まれてくる我が子。女の子みたい。
母はこの事わかってたのかなぁ。
それとも母の執念!?(笑)

11月29日は、母の誕生日。
生きていたら57歳。
もしも、その日に女の子が生まれたら絶対母の生まれ変わりだと思われるんだろうなぁ。

*里親緊急募集です*

里親さん、緊急募集です。


飼い主さんが、やっとの思いで手に入れて引越したマンション。
引越し前には、不動産屋との間でペット可だったのに、引越し後に住民会議にかけられ・・・
そのマンションの他の住人たちが次々とペットを処分され
このシュナ君達の飼い主さんも、処分しなければいけない状況に。
購入したばかりのマンションを手放すか、犬を手放すか崖っぷちにたたされています。
私の直接のお知り合いではないですが、私の大変お世話になってる方からのHELPです。

333055706_27.jpg


・ミニチュア・シュナウザー 雄 純血種 2匹
 
・写真左:小鉄 2000年7月30日生 6才  
   右:子吉 2003年4月11日生 3才
        

・所在地 兵庫県伊丹市



+飼い主さんの希望+

・できるだけワンちゃんのために2匹一緒に、が希望ですが
 1匹ずつでもやむを得ないと思います。
 お引き取りいただける方は、直接引き渡しのできる
 エリア内にお住まいの方が有難いです。
 未去勢です。
 できればこのまま未去勢で自然に育てていただける方が 希望です。
 万一、遠方の方からのお申し出があった場合には
 何度かのやりとりの後になると思いますが、
 決まれば輸送費は飼い主さんが負担いたします。



とにかく、よろしくお願いします。

お問い合わせなどは、左下のメールフォームからお願いします。

Waccoの独り言

ちょうど2年前の今日、母は旅立ちました。
誕生日を5日後に控えた母、53歳でした。

私が知っている限り、大きな怪我も病気もしない、いつも元気な母でした。
そんな母が、ある日突然癌の宣告をされ、そして2年前の今日旅立ちました。
母は、本当に立派でした。最後の最後まで、病気になんか負けないと言ってました。
最後の3週間は、人工呼吸器をつけられ、麻酔で眠らされている状態だったけど
それでも、看護士さんや先生がいなくなったら、パッと目を開けて
私に必死にしゃべりかけようとしていた。
先生達がいる時に目を覚ますと、麻酔の量を増やされて眠らされる。
眠っていないと、とてもじゃないけど耐えられる痛みじゃないから。
それでも、母は痛みを我慢して私に話しかけようとしていた。
でも、人工呼吸器の管が肺まで入れられていて、話せる状態ではなかった。
そんな状態の母が、最後に残してくれた言葉、
「お母さんは、負けへんで。病気になんか負けへんで。」

本当に強い母でした。自分の事よりも、いつも私達子供の事ばかり考えてた。
そして、辛い治療も再発して繰り返される手術にも、前向きに頑張った。
母が、もう自分は長くないと気づいてから私に何度も言っていたのは
「お母さんは、あんたら子供に残してやれる物が何もない。
 でも、お母さんは癌という病気から逃げなかった、
 負けなかったっていうこの生き様を残してやりたいねん。」
そう言ってました。今考えてもすごい事だと思う。
私が、この先母になって、自分の子供にここまでできるかどうか、自信がない。


なんだか、とても懐かしい気がします。
ついこの間の様な気もするし、もう何年も前の事のような気もする。
2年前の今日もすごく寒かった。
私が眠っていた朝5時ごろ、なんだか部屋の中が慌しい。
起き上がると、看護師さんに様態がかなり危険なので
他の家族を呼んであげてくださいと言われた。
そして、6時過ぎ、父や兄弟の到着を待たずに母は旅立った。
人工呼吸器がまだ動いていたから、息を引き取ったという実感がない。
まだ、機械で息をさせられて胸が動いてるから。そして、体は温かかったから。
そんな母の最期の顔は、本当に綺麗でした。
あんなに辛い治療をしてきたのに、最後はものすごく安らかでした。
少し、微笑んでるようでした。

元気になったら、温泉でも行こうねって約束したきり叶えてあげれなかった。
家に帰ったら、おいしい物食べに行こうねって約束したのに、食べさせてあげれなかった。
考えたらキリがない。
だから、勝手に私が母の分も幸せに生きていこうって決めました。
きっと、私の幸せは、母の幸せでもあると願って。

そしたら、すごい小さな事でも幸せに気づく事ができるようになった。
お母さんのおかげやなぁ。ありがとう、お母さん。

チチ退院

先週の金曜日に、父が退院しました。
まだ、顔の腫れはキレイになおっておらず、腫れが引くのは時間がかかるそう。
足の方も、だいぶよくなって、自分一人で歩けるようになった。

が、父が帰ってきてから、私はメイドのようになってます・・・
そして、以前から少し心の病気を患っている父。
退院したら、目が離せません。
今朝も、起きたらコンロの火がついたまま。
夜中にカレーライスを食べた模様。
その前日は、おかきを一袋たいらげていた。
そして、時々私の名前を忘れる。

まだ50代の父。頑張ってくれ!!!

Appendix

プロフィール

Wacco

Author:Wacco
2000年5月27日生 岡山県出身
   黒ラブ・レオン
2005年9月25日生 兵庫県出身
   コッカプー・ウェイン
そして犬服作りを楽しんでる
   兵庫県在住 Wacco
   たまーに、登場ヤックル
2007年 冬生まれのコハム(娘)
2009年初夏生まれのロクオ(息子)


   2匹+4人家族。

気軽にコメントしてくださいね~。

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